2015年8月24日月曜日

読書メモ:『作曲は鳥のごとく』(吉松隆)

出典:『作曲は鳥のごとく』
    吉松 隆 著 春秋社 2013年




【個人的読書メモ(抜き書き)】

46 「現代音楽」について
「難解でよく分からない」というマイナス面よりも「何だかよく分からないけど、未来っぽくて凄そう」というプラス面を感じていたような気がする。

大阪万博というのは「現代音楽」最大の(そして最後の)晴れ舞台だったと言えるかもしれない。

48
当時は、(今では信じられないかもしれないが)「芸術音楽」と「娯楽音楽」というのはかなりきっぱりと分離されていて、「芸術音楽」は先駆的かつ難解で大衆には分からないのが当然。むしろ、分からなければ分からないほど芸術っぽいと思われ、分かられてしまったら途端に「堕落」とか「退嬰」と言われて芸術の座から引きずり下ろされるほど。一方「娯楽音楽」は、大衆に分かられてナンボの世界。しかし、それゆえに芸術度はゼロと見られていた。

冨田勲、宇野誠一郎(は「娯楽音楽」?)

93
尺八では一つの音符の玉を書いても…とても「ただの一音」とは言えないいろいろな変化をする。…そこには…(作曲家にはコントロールできない)響きが現れる。さらに「メリ」「カリ」「コロコロ」「カラカラ」「ムラ息」などなど特有の奏法から生まれる独特の響き…。

※歌謡曲のコブシとか発声法、邦楽の楽譜の記号、緊張と緩和…

109,118(作曲家は大変)
(自作を演奏すると)…オーケストラのパート譜の作成とコンサートの経費は作曲者負担…

(JASRACからの著作権収入は)演奏一回の対価が2,600円…

114 (鳥の作曲法)(鳥の歌の「旋律細胞」)
通常のメロディは、人間の「息」から生まれる…「あ〜〜〜」…。
鳥たちの歌は「ぴ」あるいは「ぴぴぴ」「ちちちち」というような断片的なパッセージの組み合わせ…。
これを組み合わせてメロディ細胞のような「音型(モチーフ)」を作る。これが、「素材」(鳥の旋律細胞)となる。
→「スタッカート」「テヌート」「トリル」「連続音」「フラッター」「上行」「下行」…

さらに、素材を構成する音は、無調や十二音のシステムではなくハッキリ調性感を伴う「旋法(モード)」を使う。いわば、現代音楽で使っていた「音列主義(セリエリズム)」や「クラスター」の発想を、「調性」の中で使ってみたら?という発想だ。

→「朱鷺によせる哀歌」「チカプ」「デジタルバード組曲」〜「鳥たちの時代」に始まる〈鳥のシリーズ〉

116
このモードによる「鳥の作曲法」をリズムと対位法に応用したのがピアノによる『プレイアデス舞曲集』…。…複雑になる一方の現代音楽的書式に対して、音符は四分音符と八分音符だけ、音はドレミファの七音だけ、メロディは二声か三声だけ…というぎりぎりまでシンプルにした「リズムと対位法」の世界でどこまで音楽を作れるか?ということへの挑戦だった。

126(音楽批評について)
困るのは、珈琲を出したのに「こんなものは酒じゃない!」というタイプの批評だ。

音楽は多重人格となって聞くべし。(一人の中でも視点が違えば評価が違うのは当たり前)

143(同世代の現代音楽家)
ドイツのヴォルフガング・リーム、イギリスのオリバー・ナッセン
西村朗

前衛の時代は「新しけりゃ何でもいいじゃないか」という覇気があったが、その後は向かっている方向がさっぱり分からなくなってしまった。
…ここから先…どう「面白く」生きるかは、もはや時代の趨勢などではなく「人それぞれ」になるのだろう。となれば、…

 音楽は、
 音楽でなければ、
 音楽ではないのだ。

150「日本フィル・シリーズ」
1958年矢代秋雄「交響曲」、1959年間宮芳生「ヴァイオリン協奏曲」、1960年三善晃「交響三章」、1961年武満徹「樹の曲」、1965年松村禎三「交響曲」など
→「鳥たちの時代」1986年

152
1987年『魚座の音楽論』→「アンチ現代音楽」の最先鋒とみなされ…異端に…

159(現代音楽からの決別)
メロディやハーモニーをきちんと取り込んだ音楽を現代で作りたい。…
それでもなお心の奥のどこかで「現代音楽とのリンク(繋がり)」を信じていた。…

「現代音楽界」というギルドから抜けて自由にやるということは…
音楽史上の天才たちと…比べられることを意味する。
唯一の強みは「同じ時代を生きている同士」という聴衆のバックアップ…
巨大なマイナス要因…今生きている作曲家は著作権があるという点だ。…これは演奏家の側から見れば「ペナルティ(罰金)」に近い。

162(民音:民主音楽協会)
民音(民主音楽協会)主催の「現代作曲音楽祭」からの委嘱
→「カムイチカプ交響曲」(1990年初演)

シベリウス「タピオラ」「クレルヴォ交響曲」、メシアン「トゥランガリラ交響曲」、イエス「海洋地形学の物語」

189
『プレイアデス舞曲集』 田部京子さん

録音は秩父のミューズパークで行われたのだが、スタジオにはビル・エヴァンスの『ワルツ・フォー・デビー』のCDが置かれて「こんな世界を」という合言葉の下、「ピアノでどこまで美しい音を紡げるか」への挑戦が始まった。

190
…90年代になると、同じ時期に同じようなことをやっている作曲家の情報が入ってきた。
最初に「調性回帰」の兆しを聴かせてくれたのはエストニアのアルヴォ・ペルト(1935〜)だ。…70年代後半になって『フラトレス』『タブラ・ラサ』などの作品で古代の聖歌をイメージさせる三和音の世界を打ち出した。

『タブラ・ラサ』(1984年 EMC):クレーメルがヴァイオリン、キース・ジャレットがピアノ、作曲家シュニトケがプリペアド・ピアノを弾いている…

「闇の奥のマリア像」、ディスコミュニケーションの香り

続いて…ポーランドの作曲家ヘンリク・グレツキ(1933-2010)のブームのニュース。
1976年 交響曲第3番「悲歌のシンフォニー」のCDがヒット
とくに第2楽章の「お母さま、泣かないでください。アヴェマリア」(ソプラノのドーン・アップショウ)はポップ系ヒットチャートにランクイン

もうひとつ、60年代からミニマルミュージックの旗手として活躍していたスティーヴ・ライヒ(1936〜)が、80年代になってオーケストラ曲を発表したのも印象的だった。
とくに『菅楽器と弦楽器と鍵盤楽器のためのヴァリエーション』(1980年)やコーラスとオーケストラによる『テヒリム』(81年)は、全くロマンに流されない方向からの(現代におけるバロック音楽とでも言えそうな)メカニカルな「調性回帰」で、未来の音楽の形を示唆するように思えた。

1993年 『グレゴリオ聖歌』ブーム
1995年 『アダージョ・カラヤン』   …ヒーリングミュージック

235
作曲とは…
非常に緻密で知的な作業とも言えるが、逆にかなりいい加減な部分もある。ハーモニーや対位法を駆使する部分などでは「ひとつの音」がずれたり違ったりするだけで全体が台無しになるが、アドリブやカデンツァなどでは思いつくまま音符をばらまきかき回しても音楽はびくともしない。
それは人間に似ている。…顔や身体の…作りが数ミリ数センチ違うだけで「イケメン」になったり「美女」になったり…。…別にどんな顔をしていようと充分生きていける…。

そもそも「音楽」とは、「音」そのものの性質や構造による物理的(かつ客観的)な現象ではなく、人間の体内に仕込まれた「音への反応」に起因するあくまでも心理的(かつ主観的)な現象である。
音を聴いて人間が…感じる反応は、原始の時代から数万年かけてDNAの奥深く刷り込まれたもの。基本は、心臓(リズム)と呼吸(メロディ)と感覚(ハーモニー)とに連動する本能的なものだが、さらにさまざまな歴史的文化的(あるいは宗教的民族的)背景を経て、いろいろな変化やオプションを組み込まれながら長い時間かけて培われたものである。
…そんな人間の知覚や記憶と繋がった「音」を感性の奥から探し出してきて(操り人形の糸のように)引っ張ると、感情のあちらこちらがひくひくと動く。…

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私にとってオーケストラは、「西洋の楽器アンサンブル」などではない。二百年以上の歴史を持つアナログ式の万能シンセサイザー(音響合成ユニット)なのである。

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